心配の種

お休み。
心配の種は、解消しない。
うっすらとだけれど、その原因の否定できない可能性が、アタマを
去来する。

そう、もう、このまま終わる、のか??
まさか、という気持ちと、なにかもっと重大なことなのか、という
不安。

体力が衰えたという実感はない。
そりゃ、肌の張りは、めっきりないし、白髪だし、なんだか太ったし
・・・、でも、体調は悪くない。食欲あるし、お酒はおいしいしさ。

この国では、若い、ということが珠玉の価値だ。昔を振り返ると、
自分でもそう思っていて、年長の友人に失礼な発言をしていたことを、
苦く思い出す。
そして、30代の後半からは、かっこいいオトナになるんだ、と公言
した。自分が若さにこだわったのは、目標にしたいかっこいいオトナ
が身近にいなかったからだ、と。ヨーロッパを旅して、すてきなのは
中年だと見知った、ということも、あった。
それも、まだ、若さにしがみついていたからかもな。

ヒトはどうやって、老いと折り合っていくんだろう。

わたしは、物わかりのいいオトナになりたくない、悟りなんか
開くもんか、なんてあちこちで放言したけれど、それも
苦いな。
だって、とっくのとうから、物わかりがよかったんだもん。
会社のO森さんに、「超平和主義者」と言われたとおり。
周囲の人たちこそが、ワタシを映す鏡。