もう見納め

会社への途中の道のF田さん宅の隣家は、しばらく人の
気配がなかった。
塀の内側の木は繁茂して、枝は、こんがらがった太糸毛糸。
どうやら平屋のお宅があるようだけれど、ほとんど見え
なかった。

ある日、中年の男性がふたり、その家を見ていた。
それからほどなくして、繁茂した木がなくなっていた。
家が見えた。カーテンがかかっていた。

翌朝は、もう、家はなかった。大きなトラックに整然と
木材が積まれていた。
ただ壊すだけではなくて、その木を他で使うのかもしれ
ない。

猫が道をとぼとぼと歩いていたよ。それでいきなり思い
出した。
この会社に入りたての頃、その家の角に、猫用らしい
えさのお皿が置いてあったのだった。
昨日は、よく跡地が見えた。驚くほど広かった。

月曜、実家に帰った。
妹がドライブに連れて行ってくれた。
長野新幹線安中榛名駅。ここが最近のわたしたちの
お気に入り。
妙義山をやや横から見る。絶景。
わたしの実家は遥か下。

ここは今、JRが開発した居住型リゾート地になっている
のだ。駅前にポツンとコンビニ。それと併設した形の
現地案内事務所がある。夢を見るのはたやすいので、
ここにアトリエがほしい、などと思い、事務所に入って
みた。すかさず愛想のいい営業マンが飛んできた。

一番眺望のいいところは「一番街」。もう、そこは
かなり売れていて、定住している人も多いようだ。
聞けば、こんな山奥にびっくりするような金額。
わたしたちは、いつもはクルマから見物するだけだった
けれど、一番街あたりを散歩してみた。

メルヘンみたいにステキな家が並ぶ。
庭仕事をする人、犬の散歩をする人、ウオーキング
する人、ウッドデッキから山の夕景を眺める人。
皆さん、とても愛想がいい。
少し下った所には、昔からの人々が暮らすけど、ここは、
別世界。まったく新しいコミュニティができているのだ。
営業の人が、土日はたくさん見学の人がこられます、と
言っていたっけ。

その帰り、もとのわたしたちの家の前を通ってみた。
三角屋根の上に、雑草が1メートルほども茂っていた。
あまりにも変わり果てた姿。
もう、誰も住んでいないようだった。
あの家を買い取りたいなどと思っていたけれど、それは
もう、現実的ではない。元よりわたしにそんな財力はない
のだし。

もう、見に行かない。早く、楽にしてあげたい。
大家さんは、なぜあんな姿を止めておくのだろう。