退屈しのぎ

再提出の30号油彩2枚、配送出しが終わった。2月10日の締切には
どうやら間に合った。

こればかりが気がかりだったので、それを終わって、次の気がかり、
GWのスクーリングのホテル予約だ。ネットで心あたりのホテルを
調べたら、なんと、もう満室になっている!さすが京都。この時期、
毎年同じことをして、毎年同じに焦っているのだから、もっと早く
手を打てばいいものを。

気がかりはまだある。来年度の学費の捻出。
聞くところによると、何人か休学する、というウワサがある。
卒業者の割合が入学者の10数%とかいう話も最近聞いたな。
すごい少なさ。

気がかりはまだまだある。
先週末、実家に帰った。
また新しい機械があるなと思ったら、レコードプレーヤーだった。
どこから音がでるんだか、頼りなげなシロモノ。
「何聴くの?」と聞くと「寂聴さんのあれ」というのが、レコード
ではなくCDだ。CDが聴けるものはすぐそこにあるし、その使い方
なんか100回くらい説明しているのに、存在すら忘れていたらしい。
「レコード聴くからいいんだよ!」と言っていた。
通販カタログを見るのが最大の楽しみらしい。
足腰だけは途方もなく丈夫で、自転車でどこまでも行く(らしい)。

これからどうなるんだろう。妹とその話になると、最後はいつも
お互い黙ってしまう。

カラオケにも行っているが、それは「退屈しのぎ」なのだという。
どんな気持ちで毎日を過ごしているのだろう。
(怖くて聞けない)


少し前のこと。
ほうれん草を茹でたとき、突然、母がよく、茹でたほうれん草を、
切らずに小分けにして冷凍にしていることを思い出した。
わたしはいつも、5センチくらいに切ってからラップにくるんで
冷凍するのに、その時は急に母のやり方をしたくなった。

いつか、まぁかなり先のことだとは思うが、母が天寿を全うしたら、
ほうれん草に限らず、何かを見たら母のことをせつなく思い出す、
ということが、前触れもなくやってくるのだろう、と思ったら、
鼻の奥がツンとなってしまった。

そして、子どもがいないという事は、わたしのことをせつなく思って
くれる人間が存在しないということなのか、とふと思った。
それは、寂しいな。
でも、とまた思う。親子の感情は確かに特別かもしれないけど、
わたしが「もしもいなくなってしまったら、せつなく思い出すに
違いない人たち」なら、何人も存在する。
だから、その人たちにとっても同じだと思いたい。
だから、そのことはもう、考えないでおこう。仕方ないものね。