マツヒラテイシン

なんだか心身ともに忙しくしているうちに、日数が経って
しまった。

10日、高校@東京在住者の同窓会。10人集合。
顔を思い出せない男子2名。当然、あちらもわたしの記憶なし。
思い出してみれば、中高のあるミッションスクールで、全然
馴染めなくて、友だちもろくにいなかったっけ。
でも学校は好きだったんだな〜。当時、誰と誰がつきあっていた
とかって話がでたけど、わたしなんかさっぱりそんなことは縁も
なかったので、今さら、そんな話のなにがおもしろいのか、
さっぱりわからず。それでも二次会までいく。

ちょっと書いておきたいのは、今でも変わらず美人のアツコ
さんのこと。今では、田園調布の奥様だ。中学から入っていた子で、
きれいだけど成績は今ひとつだった。何かの授業で、松平定信
「マツヒラテイシン」と朗読。みんな大笑い。
今思えば、笑うことではない。たぶん、一種のいじめだったのだ
と思う。その話は、その後、本当に有名になった。
あの頃、テレビにも出たりして、地域では彼女を知らない人は
いないほどの有名人の、代名詞的なエピソードになったのだ。

今回、誰かがその話を蒸し返したとき、もういいよその話、と
思った。でもアツコさんは、すくっと立ち上がり、
「あの時、読み方わからなかったけど、いいや間違っても、って、
マツヒラテイシンって読んじゃって、みんな笑ってすごい恥ず
かしかったけど、わたしを笑っている人の中に、何人も、
わたしと同じように、読み方がわからない人がきっといるはず、
って思った。だから、平気だって思ったんだ!!」
と言った。
わたしの左にいたミツユキさんは、「読み方わからないヤツ
そんなにいたかぁ?」とつっこみを入れたけど、右にいたクミコ
さんは「すごい自己肯定力だよ」と感心していた。
わたしも、彼女にとってあの事件はそれなりにトラウマになって、
よどみなく解説するまでの歳月は、けっこう必要だったんだろうな
と思った。

13日、係長がインフルエンザになった。帰ればいいのに、帰る
どころか残業さえしていた。みんな、あからさまにマスクをした
けど、本人どこ吹く風。
「移らないでね〜」と言うその鼻声が憎い。2名感染。

16日、幸い係長のインフルエンザ罹患せず、京都へ日帰りで
出かける。大阪在住の妹T、名古屋のYさんと合流して、大学の
卒業制作展とK先生の個展、去年の卒業生の展覧会の見学。

卒制展より個展がおもしろかった。先生がおられたので、
みんなでしばし雑談。現役のプロの画家とおしゃべりなんて、
シンジラレナイ。妹も喜んでいた。
「生活の心配なく絵に打ち込めるんだから、ラッキーだよ。
若い子たちだったら、これから就職して結婚して、子どもとか
いろいろあるのに、そこが終わっているんだから」って、よく
わかんないけど、まぁ、そういやそうか。あと、「いいものは
見てるだけじゃなくて、手に入れることも必要だよ」。という
のは、画廊主が同席していたからかな。わたしは、好きなモノ
は、それが存在していることだけで幸せなんだけど。

19日、会社に行ったら、係長のマスクが薄くなっていた。
すると、ちょっとちょっとと彼女に陰の方に呼ばれた。
なんだなんだ、怪しいぞ!すると、「今度業務提携するT社の人
がきょうから来てるの、一緒にチーム組んでね。紹介するね」
というので振り向くと、50代半ばの男性だった。
大多数が女性の職場なので、予想外。
いずれは彼がわたしの上司になるはず、大歓迎!だ。
女ばっかりのごちゃごちゃは、もううんざりだから。それに、
流通系の柔軟さに憶えあり、つきあいやすい。
会社生活、いろいろあるなぁ。5月はとんでもないことになり
そうだけど、新しいことが始まるのは、愉快。

21日、来月25日締切の課題、30号二枚のうちの一枚に取り
かかる。
構想は固めていたので順調に進んだ。今回は、絵の具の使い方を
少し変えた。こんなことでも画面に変化はあり、ごきげんだ。
あと一枚、どうしよう。

昨日は、M砂ちゃんと上野で会った。ニューカレドニア旅行の顛末。
この話は次の機会にしよう。

曇り空に桜はまだ2、3分咲きなのに、お花見の人、多数。
場所取りの人、すでに大盛り上がり席も。トランプ、ワイン、
酒樽に升をディスプレイした席。
桜より、人を見るのが楽しかった。