妙義山の別の顔

28日、係長に呼ばれる。なんの話と思ったら、担当替え。
わたしと例の人シャクマの組み合わせ解消希望は却下、だった。
逆に「ガツンと言ってあげて」と言う。
「友だちなんだし、社歴も人生でも先輩なんだから」って。それは違う。
単に同僚で、今や天敵だ。超平和主義のわたしが言っているのだから、
とわたしも主張してみたけれど、ダメだった。仕方がないので
「仕事だからやります」と言ったら
係長の目がみるみる潤んでくる。仰天だった。泣きたいのはこっちなのに。
「仕事だからだなんて、あなたの口からそんな言葉が出てくるなんて」
「わたしの味方だと思っていたのに」
???「味方」という言い方もどうかと思うがまったく苦笑ばかりの
1時間半だった。
ハシゴノタカの面談は29日。なんと2時間弱、そのうちの大半は
わたしと例の人シャクマの話題だったという。
ずいぶん強く、担当を替えた方がいいと言ってくれたそうだ。
わたしはわたしで気持ちが治まらないので、もう一度、頼んでみようと思う。

土日は、会社の先輩0夫妻とうち夫婦とで実家ツアーに行った。
朝からあいにくの雨だったけれどだんだん小やみになり、夕方には上がった。
庭は今、緑みどりで大賑わいだ。7時半ごろでもまだ黄昏の気配。
それを眺めながらお酒を飲む。

会社の愚痴も、遠くなっていった。

起きたらすばらしい快晴。
お墓参りをし、それから横川の「碓氷峠鉄道文化むら」に行った。




車両の展示が予想外に興味深いものだった。
軽井沢や小諸や上田は近いので、クルマでも信越線でも何度も行った。
特に軽井沢は、思い出もたくさんある。

信越線の横川から軽井沢まで、40分くらいかかっていた記憶がある。
トンネルもいくつもあった。
鉄道工事では500人もの尊い命が犠牲になったと聞いた。胸が痛む。

トロッコ列車に乗り、「丸山変電所」駅。

ここは見覚えがある。
山かげの暗い場所、トンネルの手前にあったような。
今は切り開かれてとても明るい。

「峠の湯」駅まで行き、ひと風呂浴びて、お昼に。
妙義山が別の顔を見せていた。
この一連の設備で、随分観光客が増えただろうなと感心した。
横川から妙義山の「中の岳神社」まで足を延ばす。ここの駐車場からの
景色もわたしのお気に入り。

O夫妻にも見せたかったのだ。
今までなかった巨大な大黒様にびっくり。
帰りの高速では、温厚なO氏がヤンキーな一面を見せてくれた。
これまたびっくりだった。ちょっと怖かった。